今回は暦物語 第三話「こよみサンド」について、作中に登場する言葉の意味などを解説していきます。
こよみサンドは6月中旬のお話です。物語シリーズの時系列では6月13日からの「化物語 つばさキャット」の後になります。
つばさキャットのラストで忍野が町を去り、そのことが”つい先日”と触れられています。
言い回しや言葉の意味について見ていきましょう!
暦物語
暦物語
著者:西尾維新
出版:講談社
刊行:2013年5月20日
こよみサンド
こよみサンド…暦物語第三話(89~125ページ)
登場キャラクター
阿良々木暦・八九寺真宵・羽川翼
chapter 001
(前後略)
91ページ
いわゆる道に関しては一家言あるのではないかと思って、
一家言
その人独自の意見や主張のこと。また、極めてすぐれている確かな意見のことです。
迷子の怪異だからこその意見があるのでかないか、と暦は思っていました。
それこそ羽川のような無私無二の友達であろうと
91ページ(略)
無私無二
これは無私と無二を続けて言った「言葉遊び」ですね。それぞれの意味は次の通りです。
無私 … 私利私欲を求める心のないこと。
無二 … 同じものがふたつとないこと・かけがえのないこと。
chapter 002
(前後略)
98ページ
元々根無し草の放浪者だし、
根無し草
地中に根を張らず、池などの水に浮いている草のこと。
漂い動いて定まらない物事や人のたとえにも使われます。
ちなみに放浪者は、定住しないで転々とさすらう人ですね。まさにあてはまる忍野メメ。
牽強付会もいいところだ
101ページ(略)
牽強付会
自分の都合の良いように理屈をこじつけることです。
牽強も付会もそれぞれ同じような意味の言葉です。
八九寺の解釈に対して、やや被害妄想の強い言い方ですね(笑)
(略)
101ページ
青息吐息の社会人がいっぱいいることは秘密である。
青息吐息
苦しい時や困ったときにつくため息のことです。またそのような(ため息が出るような)状態を指して使われます。
「なんという内助の功だ!」
104ページ
内助の功
表立たない援助をする身内の功績 を意味する慣用句です。
直後に「おかしい」と言われている通り、内助の功は夫に対する妻の働きなどに使われますので、八九寺に言うのは確かにおかしいですね。
(略)
105ページ
この町に街談巷説の引き取り手はいないのである。
街談巷説
世間で流れている根拠のない噂。
物語シリーズでは度々登場するセリフ
「都市伝説。街談巷説。道聴塗説 」内の一つですね。
そうは言っても、あえて偽悪的、露悪的な言いかたをしているけれど、(略)
106ページ
偽悪
わざと悪くみせかけること。(偽善をもじった造語)
露悪
自分の悪いところや醜いところをわざとさらけだすこと。
(略)
106ページ
後顧の憂いを残す可能性がある。
後顧の憂い
あとあとの心配を意味します。
これは暦の考えなのですが、ここで後顧の憂いを使うと これからも八九寺に働いてもらうというニュアンスに感じられます。
直後に「いつか僕の役に立つかもしれない」とあるので、暦は嫌な奴ですね…
(略)
107ページ
そういう意味では八九寺真宵、薄幸だった。
薄幸
幸せに恵まれないこと。
chapter 003
(略)
108ページ
彼女はまだ罹患していないのである。
罹患
病気にかかること。
戦場ヶ原さんのように暦を攻撃し続ける病気(?)を指しています。
鬼気迫る絵。
109ページ
鬼気
不気味で恐ろしい気配。
迫る は(他を圧倒するように)すぐ近くまで押し寄せることですので、合わせるとそのまま”恐ろしい気配が押し寄せる”になります。
(略)
115ページ
とりあえず、喫緊の何かってことはなさそうだな
喫緊
差し迫っていて、非常に重要なこと。
砂場で遊んで何事もなかったため、すぐに対処する必要はないと判断したようです。
chapter 004
(略)
118ページ
本人が聞きたいというのならば、話すこともやぶさかではない。
やぶさか
○○をする努力を惜しまない。”吝かで(は)ない”という形で使われる言葉です。
聞きたいなら~と言うと偉そうに聴こえてしまいます。
chapter 005
水は方円の器に随うというが、砂もまたしかり(略)
124ページ
水は方円の器に随う
人は環境や人間関係に感化され、良くも悪くもなるということを指す諺です。
しかりを簡単にすると”そうである”ですから、砂もそうである・砂にも当てはまる となります。